暗黒流動?宇宙論を覆すかもしれない“暗黒流動”とは
38億光年のかなたに存在する通称「弾丸銀河団」。
2008年10月に発表された研究によると、弾丸銀河団を含め数百の銀河団が謎の「暗黒流動」によって移動していることが発見されたという。
研究チームは「暗黒流動は、既知の宇宙の外側にある未知の物質の塊によって引き起こされており、私たちの住む宇宙全体がその物質に引き寄せされている」と説明する。
既知の宇宙を越えた先になにがあるとしても、それは私たちが知っているものとは異なるようだ。
最新の研究によると、私たちの住む宇宙の外側に、未知の見えない“なにか”が存在しており、磁石のようにこの宇宙を強く引き寄せているという。
既知の宇宙に存在するあらゆるものが、この巨大な物質の塊に向かって時速320万キロ以上の速度で疾走しているという。研究チームはこの動きのことを「暗黒流動(ダークフロー)」と名付けている。
研究チームのリーダーで、アメリカのメリーランド州にあるNASAゴダード宇宙飛行センターの天体物理学者アレキサンダー・カシリンスキー氏は、
「宇宙外物質が存在するとすれば、私たちの宇宙は“もっと大きな存在”、多世界宇宙(multiverse)の一部ということになる。宇宙の外部は、それがどんなものであったとしても、私たちの知っている宇宙とは大きく異なるだろう」と話す。
この学説が正しければ、今日の物理法則は書き換えを迫られる可能性がある。
現在の物理学モデルでは、既知つまり観測可能な宇宙は、ビッグバン以降に光が到達できる距離まで広がったもので、残りの4次元時空(空間の3次元プラス時間)と本質的に同じ性質を持つと考えられている。
暗黒流動(ダークフロー)という名称は、まだ説明されていない天体物理現象の暗黒エネルギー(ダークエネルギー)や暗黒物質(ダークマター)をふまえて付けられた。新しく発見された流動は、宇宙の膨張では説明が付かず、直接の関係を持たないという。ただし、研究チームでは、暗黒流動と宇宙の膨張という2つのタイプの運動は同時に発生したものだと考えている。
頭の痛くなるような概念を分かりやすく理解するために、カシリンスキー氏は次のように説明する。
「まず、広大な海原の真ん中に浮いて漂っている状況をイメージする。視界の及ぶ範囲では、海は波もなく穏やかで、どの方向を向いても同じに見える。この時、人は水平線を越えた先も同じ状態が続いていると想像するだろう。天文学者も宇宙についてそのように考えている」。
カシリンスキー氏は続ける。「しかし、海の中で微かだが一貫している流れを発見したとする。すると、視界に入るものとは別のものが水平線の先に存在すると推論するはずだ。そこには、山から流れる川や峡谷があり、水を押したり引いたりしているに違いない。宇宙の話に戻れば、今回発見された運動は、140億光年以上先にある現在の宇宙の地平線をはるかに越えた場所に位置するなんらかの“構造”によって引き起こされていると考えられる」。
研究チームは、物理学を打ち壊すために今回の調査を行ったのではなく、昔からある「遠く離れた銀河ほど運動速度が遅く見える」という考えを確認しようとしただけであった。
この運動は、NASAのウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機(WMAP)から得られるデータによって検出可能だ。NASAによると、WMAPは全天に存在する宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の温度などの特質を計測することにより、初期宇宙の状態を明らかにする。宇宙マイクロ波背景放射は、この宇宙の誕生からおよそ38万年後に放出されたと考えられている。
宇宙マイクロ波背景放射は、銀河団の高温ガスの影響を受け、さらに宇宙マイクロ波背景放射と銀河団の移動速度にずれがある場合には電子散乱の“摩擦”により温度が上がる。この温度変動は非常に微妙なため、研究チームは700以上の銀河団を調査した。
結果は驚くべきもので、
すべての銀河団が一様に時速約320万キロで同一方向に移動していたことが判明した。カシリンスキー氏は「この暗黒流動が検出されたのは銀河団だけであったが、既知の宇宙のあらゆる構造に当てはまると考えられる」と話す。
説明のつかない流動を説明するため、研究チームは昔からある「ビッグバン直後の急速なインフレーションにより、物質の塊が既知の宇宙を越えて押し飛ばされた」という学説に依拠することにした。
「宇宙外物質が巨大な質量を持つなら、私たちの宇宙にある物質はそれに引き寄せられる。観測可能な宇宙の地平線全体にわたって検出された銀河団の流動は、そのために起きているのだろう」とカシリンスキー氏は話す。
ただし、今回の研究に対しては、プリンストン大学のデイビッド・スパーゲル氏をはじめさまざまな専門家が疑問を呈しており、カシリンスキー氏も研究継続の必要性を認めている。
National Geographic News
November 5, 2008