商用宇宙ステーションが拓く地球低軌道ビジネスと、「オービタルエイジ」の到来
IMAGE BY SIERRA SPACE
米国で開発が進む商用宇宙ステーション「オービタルリーフ」の構築と運営を、ジェフ・ベゾスのブルーオリジンと共に手がけるシエラ・スペース。同社が「宇宙に浮かぶ複合型ビジネスパーク」と呼ぶ新たな宇宙ステーションで目指すこととは? そして、宇宙利用が民主化された「オービタルエイジ(軌道の時代)」とは? 商用宇宙ステーションが拓く地球低軌道ビジネスと、「オービタルエイジ」の到来老朽化する国際宇宙ステーション(ISS)の運用修了が2030年に迫っている。これを受けて米航空宇宙局(NASA)は2021年7月、後継となる商用宇宙ステーションの開発を支援する「商用地球低軌道開発(CDFF)プログラム」の公募を開始した。
このCDFFで支援先に選ばれた「オービタルリーフ」は、民間宇宙企業のシエラ・スペース(Sierra Space)がジェフ・ベゾスのブルーオリジンと共同で開発している宇宙ステーションだ。両社はオービタルリーフを「宇宙に浮かぶ複合型ビジネスパーク」と表現しており、ISSで実施されているような微小重力環境を生かした科学実験のみならず、観光や映画の撮影をはじめとするエンターテインメントを目的とした利用も想定しているという。運用開始は2027年の予定だ。

オービタルリーフの完成予想図。IMAGE BY SIERRA SPACE
“地球低軌道経済”のためのプラットフォームシエラ・スペースの創業は21年6月。1963年創業の老舗航空宇宙企業であるシエラ・ネヴァダ・コーポレーションから、地球低軌道の商業化を推進するために宇宙事業を切り出すかたちで誕生した。「機敏かつ革新的、そして商業的に事業を運営していきたいと考えたからです。これは政府機関との取引が多い従来の航空宇宙・防衛企業の下では実現が困難なことでした」と、シエラ・スペースの戦略・事業開発担当副社長であるジョン・ロスは語る。
シエラ・スペースのミッションは、地球低軌道のエコシステムを発展させるプラットフォームをつくり、宇宙を誰もが手に届く場所にすることだ。そのために、まず参入するのが輸送事業である。
シエラ・スペースはシエラ・ネヴァダ・コーポレーションから宇宙往還機「ドリームチェイサー」の開発を引き継いだ。すでにNASAとISSへの物資補給契約を結んでおり、23年には貨物輸送用のドリームチェイサー「DC100」が初めてISSに向かう予定だ。宇宙飛行士や旅行者が搭乗するドリームチェイサー「DC200」の開発も、25年から26年ごろの打ち上げを目指して進められている。
また、ドリームチェイサーは宇宙飛行士と物資の輸送に加え、オービタルリーフにも用いられる。建設期間は短く、モジュールの打ち上げ開始から初期バージョンの完成にかかる期間は、たったの数カ月だ。
その後、すぐにオービタルリーフの運用が始まる。「ターンキーソリューション(すぐに利用できる状態にあるシステム)をつくれるのは、わたしたちのチームだけでしょう」と、ロスは語る。
さらに22年6月には、商用の有人宇宙飛行センターと統合された独自の宇宙飛行士訓練施設を民間で初めて設立することも発表した。オービタルリーフにやってくる人々を案内・指導したり、科学実験を実施したりする商業宇宙飛行士が必要になるからだ。

シエラ・スペースが開発する宇宙往還機「ドリームチェイサー」。IMAGE BY SIERRA SPACE
エンド・ツー・エンドのサービスづくりシエラ・スペースでは社内で商業宇宙飛行士を目指したい従業員を募集しており、今後は社外からも募集することになるだろうとロスは言う。同社はこうして打ち上げから宇宙空間での居住地の構築、地上への帰還、宇宙飛行士の養成まで、宇宙飛行にかかわる一連の工程を手掛けようとしているのだ。これはシエラ・スペースの戦略である。
「輸送や軌道上の移住空間、宇宙飛行士の訓練など基本的なサービスを他社に依存すればするほど、未来を自分たちで決められなくなります。自分たちの未来をコントロールすること──最初から最後までのすべてではなくても、重要な要素は自分たちでコントロールできることが非常に重要だと考えています」さらに、オービタルリーフの構築を推進するSpace Destinations部門の上級副社長兼ゼネラルマネージャーを務めるニーラジ・グプタもこう付け加えた。「もうひとつの理由は、シンプルにしたいからです。わたしたちが提供したいのは、企業や個人客にとって使いやすいエンド・ツー・エンドのサービスです。シエラ・スペースは宇宙飛行に必要な機能をすべて備えているので、お客さまは宇宙で容易に事業をできるようになります」宇宙ビジネスのインキュベーションシエラ・スペースが描いている複合型ビジネスパークは宇宙に構築予定だが、そのコンセプトは地上にあるビジネスパークと大きくは変わらない。
地上のビジネスパークでは、まず建物を建設し、空調や駐車場といった基本的な設備を提供し、そこに入居する企業がそれぞれ事業に取り組む。同じように、シエラ・スペースはブルーオリジンとともにオービタルリーフを管理し、利用者に交通手段や水、食料、衣類をはじめ必要なものすべてを届けるロジスティクスを提供する仕組みだ。宇宙という特殊な環境にもかかわらず、利用者は集中して事業に取り組める。
さらにロスは、シエラ・スペースはスタートアップのインキュベーションも検討していることを明かした。「例えば、非常に収益性が高く素晴らしいアイデアをもっているにもかかわらず、ビジネスを実現させるために必要なリソースをもっていないスタートアップがあるとしましょう。その場合はシエラ・スペースがその企業を支援し、オービタルリーフにおけるビジネスの発展を手助けできます」
オービタルリーフの運用チームは、商用宇宙ステーションをビジネスや製品の進歩に生かすスタートアップや研究者を募るコンペティション「Reef Starter Innovation Challenge」を2022年9月に発表した。今後も継続的にアクセラレータープログラムを実施していく計画だという。有望なスタートアップや研究開発のインキュベーションに取り組み、商用宇宙ステーションの市場拡大へと繋げる予定だ。
オービタルリーフではインフラ提供とインキュベーション支援のふたつの事業が計画されており、両輪をなすことで地球低軌道の商業化を加速できると、シエラ・スペースは考えている。グプタは商用宇宙ステーションの市場について「詳細な数字は出せませんが、10年後には数千億ドル規模のとてつもなく大きな市場に成長しているとみています」と説明する。

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オービタルリーフ内部の完成予想図。IMAGE BY SIERRA SPACE
宇宙を“楽しむ”方法を確立するためにシエラ・スペースはオービタルリーフの運用が始まる27年に、観光旅行事業も始める計画だ。この費用についてグプタは、「最初は民間人によるISSの滞在と同じくらいの価格になると思います」と語る。「そう遠くない将来には、多くの人々が行けるような価格、現在の数分の1程度の価格まで下がると信じています」
一方、旅行で宇宙ステーションを訪れる観光客が宇宙を楽しむ方法は、まだ確立されていない。「費用を払ってISSに滞在した富裕層でさえ科学実験をしています」と、ロスは指摘する。
ISSは科学実験の実施を想定して設計・構築された施設であり、旅行者がアクティビティを楽しむための十分なスペースはない。例えば、米国の宇宙開発企業のAxiom Spaceが22年4月、元NASAの宇宙飛行士と投資家や起業家3人をISSに滞在させるミッションをNASAの承認を得て実施したが、参加者は地上の医療機関や研究機関と連携して科学実験と研究活動をおこなっていた。
観光飛行が一般的になると必要になるのは、エンターテインメントだ。観光客に宇宙をどう体験してもらいたいか。微小重力環境下では地上とは違うスポーツができるのか。芸術家にどんなインスピレーションを与えられるのか──。
シエラ・スペースはオービタルリーフを訪れる旅行者に科学実験に勤しむ以外の過ごし方も選択肢として提供できるよう、パートナー企業をはじめとするさまざまな人々と一緒に模索していると、ロスは語る。「宇宙でのエンターテインメントはどのようなものになるのか社内で興味深い議論をしましたし、ブレインストーミングもしました。しかし、ほかの人が考えた、わたしたちが思いつかないようなアイデアのほうが印象に残っています」
シエラ・スペースの最高経営責任者(CEO)であるトム・ヴァイスは、宇宙空間が人々に開放されて従来とは異なる新しい使い方ができるようになるこれからの時代を「オービタルエイジ」と呼んでいる。商用宇宙ステーションは、オービタルエイジを牽引していく宇宙ビジネスやエンターテインメント、アートが生まれる舞台となることだろう。
ロスによると、オービタルリーフの構想を発表して以来、政府と民間の両方から大きな反響が寄せられたという。そのなかには、商用の宇宙ステーションならではのユニークな声があった。
「ある有名なバンドが『宇宙で演奏したい』と言っています。これは単なるアイデアではありません。多くのアーティストが宇宙でできることについて議論するのを、わたしたちは目の当たりにしています。この動きはあらゆる分野に広がっていくでしょう」
宇宙空間が人々に解放されるオービタルエイジは、すでに始まっているのだ。
WIREDより